古里の史跡
27
多古駅
三才
7世紀頃、都から全国各地に向かって作られた官道の一つで、東山道駅路の「支道」がこの地を通り、三才に多古駅が置かれていた。馬5頭を常備する駅で、水内郡の中核をなす拠点だったと思われる。円面硯も出土している。ここから若槻の吉を通り、野尻湖付近にあったと思われる「沼辺駅」を経て、越後へとつながっていた。
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7世紀頃、都から全国各地に向かって作られた官道の一つで、東山道駅路の「支道」がこの地を通り、三才に多古駅が置かれていた。馬5頭を常備する駅で、水内郡の中核をなす拠点だったと思われる。円面硯も出土している。ここから若槻の吉を通り、野尻湖付近にあったと思われる「沼辺駅」を経て、越後へとつながっていた。
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